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新潟家庭裁判所高田支部 昭和43年(家)759号 審判 1968年6月29日

申立人(遺言執行者) 村野安太郎(仮名)

事件本人 村野育子(仮名)

主文

事件本人村野育子が被相続人村野光男の推定相続人たることを廃除する。

理由

(申立の趣旨及び原因)

申立人は、主文同旨の審判を求め、その理由として次の通り陳述した。

一、事件本人の夫村野光男は、昭和四三年二月二八日直江津市の○○病院において死亡した。同人はその前日自筆による遺言書を作成し、申立人(光男の実兄)はその遺言により遺言執行者となつたものであるが、遺言者は、事件本人の不行跡を理由として推定相続人たることを廃除する旨の遺言をなした。

二、遺言者は昭和二六年二月一八日事件本人と結婚(同三〇年二月届出)し、一女(一〇歳)一男(八歳)を儲け、新潟県中頸城郡○○町において○○○販売業を営んでいたものであるが、昭和四一年一二月頃よりノイローゼとなり県立○○病院に入院し、その後退院したが、同四二年七月○○○市の○○病院に入院し、同四三年二月まで療養中であつた。

事件本人は当初家事家業に励んでいたが、遺言者が入院するようになると間もなく従業員の松本大助と関係を生じ、同四三年一月二三日夫と二人の子を置いて駈落ちした。

このことを知つた遺言者は、悶々の日を送り極めて精神の不安定な状態にあつたが、同年二月二五日病院から外泊許可を得て申立人宅に宿泊し、同月二七日夜か翌二八日早朝大量の睡眠薬を飲んで自殺を図つた。

現在二人の子供は安田五郎宅(遺言者の媒酌人)にあり、相手方は○○○市の実家に単身帰つている。

三、よつて申立人は遺言を執行するため本申立に及んだ次第である。

(当裁判所の判断)

一、申立人提出の戸籍謄本及び死亡診断書によれば、事件本人の夫村野光男は、昭和四三年二月二八日午後九時四〇分、○○○市○○字○○○△△△番の△号○○病院において急性心臓衰弱症により死亡したことが認められる。そして事件本人審問の結果により村野光男の自筆であることが認められるところの当裁判所の検認を受け且つ方式において適式有効なものと認める申立人提出の遺言書の記載内容の要旨は、「土地建物外すべてを申立人と安田五郎に委任する。法律上育子となるが、自分の病気中子供らを置いて且つ事務経理の引継ぎもしないで男と逃げるとは許せない。由紀子、正夫の子供らを是非高校を出してほしい」というものであるが、措辞簡略に過ぎるから、右遺言書作成の経緯に考えその内容を判断するところ、まず遺言書作成の経緯事情は、いずれも申立人提出に係る戸籍謄本、「村野光男から安田五郎宛の書状」、「村野光男から申立人宛の書状」ならびに家庭裁判所調査官の申立人、事件本人に対する昭和四三年四月二五日付調査報告書、当裁判所の申立人及び事件本人に対する各審問の結果を総合すると、次の通りであることが認められる。

(1)  事件本人と村野光男とは昭和二六年中事実上の婚姻をなし、昭和三〇年その届出を了した夫婦で、両名の間に由紀子(昭和三二年四月三〇日生)正夫(昭和三四年一一月二五日生)の二児を儲けた。

(2)  村野光男は最初○○○○販売、後に○○販売や○○○○○の取付業を営んでいたが、大量の飲酒により遂に昭和四一年頃にいたりアルコール中毒気味となり、以来屡々入院治療を受けて来た。

(3)  事件本人と村野光男との夫婦仲は漸次冷却し、昭和四三年一月二三日遂に事件本人は光男との離婚を決意して、店員の松本大助と家出し静岡県○○市へ駈落ちした。

(4)  これを知つた光男は痛憤悲嘆の末、同年二月二七日夜、前記遺言書等を書いた後睡眠薬を大量に服用して実兄の申立人方倉庫内で自殺を図り、翌二八日夜前記のように死亡した。

以上の事情経緯から考えると、遺言書の内容は、「村野光男所有の一切の動産不動産の管理を申立人と安田五郎の二人に任せる。光男死亡により、妻育子は法律上相続人となるが、育子は病気療養中の夫や、子供らを置き棄てて且つ店の営業や経理事務の引継ぎもしないで男と逃げるようなことをしたのであるから、このような者に光男の財産を相続させることは許さない。このための処置をとることを申立人及び安田五郎に委任する。」という趣旨に解することができる。

そうだとすれば、申立人は村野光男から遺言によりその遺言の執行者とされ且つ本件申立をなしたことにより遺言執行者たることを承諾したものと解されるもので、その遺言の内容は事件本人の推定相続人であることの廃除を求める法律上の手続をとることを申立人に委任する趣旨も包含することが認められるから、前記遺言者の死亡により遺言は効力を生じ本件申立は適法である。

二、そこで次に事件本人につき廃除の理由があるか否かを検討するに、前記遺言の経緯事情の認定に供した資料ならびに「事件本人作成の誓書」「事件本人から安田五郎宛書状」とを総合すると、前記認定事実のほか更に次の事実を認定することができる。即ち事件本人は村野光男と婚姻後間もなく○○○市居住の料理屋の主人と不始末を起したことで当時夫の親族に対しそのような過ちをくりかえさないことを誓つたことがあつたが、夫光男の躁うつ性的性格と前記アルコール中毒気味の症状も原因して必ずしも夫婦仲が円満ではなく、屡々衝突することがあつたところ、昭和四三年一月二三日、当時病院から退院して来ていた夫光男の様子が漸次入院前の状態に帰つてきたことに愛想がつき、同人と離婚する意思で、自己より一三歳も年下の使用人松本大助としめし合せて、夫及び二人の子を置き棄てて静岡県○○市に家出駈落ちしたこと、夫光男はこれを知つて痛憤し且つ悲嘆にくれ連日自棄酒をあおるようになつたため、申立人らが同人の身体を案じて同月二八日病院に入院させたが、入院中も同人は悶々の日を送り、同年二月二五日病院から外泊許可を得て申立人方に来り翌二六日申立人方を出ていずこかに行つたものであつたが、同月二八日朝申立人の母が申立人方の倉庫内で光男が大量の睡眠薬を服用して自殺を図り昏睡状態にあるのを発見し急遽病院に運んだが時すでに遅く、遂に同人は同日夜前記のように死亡したこと、その際発見された同人の前記遺言書及び安田五郎宛の書状によれば、同人の自殺を図つた原因は一に事件本人の右家出によるものであること等の事実を認めることができるのであつて、以上の事実は、推定相続人である事件本人が被相続人に対して精神的虐待をし、もしくはこれに重大な侮辱を加えたときにあたるものということができる。事件本人はこれに対し被相続人も過去において数回女性関係があつて必ずしもその行状が良くなかつた旨陳述しているが、仮りに事件本人の述べるような事実があつてこれを斟酌したとしても右認定を左右することはできない。

三、よつて申立人の本件申立は理由があるからこれを認容して、事件本人が被相続人村野光男の推定相続人たることを廃除すべく主文の通り審判する。

(家事審判官 渡辺桂二)

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